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エッセイAB型・①(初恋のひと)

 初恋のひと

 今から20年以上前、私が小学五年か六年生の頃。初めて人を好きになった。
 その人とは誕生日が同じでイニシャル(K・Y)も同じだった。違うのは血液型と長女(私は次男)、そして彼女が『人気者』だった事。

 彼女と初めて出会ったのは、それからさらに溯ること4年。転入生として私がいたクラスに入ってきた。笑うと両方の頬っぺたに『えくぼ』ができ、それがまた可愛らしくて、その当時からクラスでも人気があった。
 その頃の写真を振り返ると、私はその人と隣同士になっているのが結構ある。仲睦まじくとはいかないまでも(当時はそんな事を知る由もなかったが)、笑顔で並ぶ写真が残っている。

 初めて彼女に誕生日のプレゼントを渡したのは、中学校に入ってからだった。なけなしの小遣いをはたいて近所の文房具店でコーヒーカップを買い、彼女の家に直接向かった。勿論事前に友達と念入りな打ち合わせはしていたけれど(笑)。
 人に物を渡す事……今ならばさほどでもないが、当時は大いに緊張した。おそらく誰彼に限らず緊張していたと思う。そんな自分が『初恋の人』に手渡すのだから尚更である。
 彼女の家は普通の一軒家。借家に住む自分からみれば、それでも豪邸の様に見えた。玄関には小さい乍らも明かりが灯してあって、それだけでも暖かさと温かさがある様に思えたのは、自分の家の中が完全に冷えきっていたからだと思う。仮面夫婦、些細ないざこざ、借金をしまくる母、アル中の父、高校をドロップアウトして悪(ツッパリ程度だが)の道に入った兄……当時の私はそんな環境にいたのである。

 呼び鈴を押そうとしたが、最初はなかなか踏ん切りがつかなかった。だが友達が少し離れた場所で見守っている。第一に自分が決めた事。渡さなければならない。 そしてベルを押し、自分の名前をインターホンに向けて告げた。
 数十秒くらいして、玄関の内側に明かりが灯った。そして時を同じくして二階の窓が開いた。そこから顔を出したのは彼女の妹だった。ふと目が合ったが、如何にも不審そうな顔付きだった。それは当然だと思う。夜遅くに男子生徒が訪ねてきたらおかしいに決まっている。

 遂に本人と御対面である。中学に入ってからは一度も同じクラスにならなかったから、まじまじと本人と会話するのは久しぶりなのである。どちらが先に言葉を口にしたか忘れたが(たぶん自分からだと思うが)、挨拶も程々に、
「Yさん、誕生日のプレゼントをもってきました」
 と言った。
「えー? 本当?」
 それくらいの言葉までは覚えている。だが、そこから先にどんな会話をしたのか覚えていない。時間にして数分だったと思う。Yさんがきちんと受け取ってくれたのはしっかりと覚えている。然し細かい事は覚えていないのだ。

 思えば、当時、私と同じクラスの男子生徒に「好きな人がいるか?」と聞かれて素直に「Yさん」だと告げてしまった。それを聞いた男子生徒はYさんと顔を合わす度に私の夫人だと言ってからかっていた。その男子生徒は所謂『しゃべり』なのだった。
 そんな事があったから、とてもプレゼントを受け取ってもらえるとは思えなかった。だが彼女は受け取ってくれた。そして(友達経由だが)手紙で返事ももらった。今でもその手紙は何処かにあるとは思うが、だいたいの文面は覚えている。少し引っ掛かる部分もあったが。

 それを今更蒸し返しても意味がない。思い出で十分だ。私は彼女に告白する事なく終わってしまった。そこから何を学んだかといえば、玉砕覚悟の告白はしたくないという事だった。負ける試合には出たくないという気持ちができたのはここが基盤だったと思う。

 彼女の高校から先の事情は判らない。おそらく結婚して幸せな生活を送っていると思う。小学校に通うくらいの子供がいると思う。そうであってほしい。そしてもし精神的ゆとりがあったら、私の事を思い出してほしい。いや、一度は思い出すだろうと思う。私と同じ誕生日なのだから……。

 2002年5月22日……私と彼女は共に35歳になる。


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